もうひとつの遺書の在処を知る唯一の者
煙が頬を撫でていく
すげない月光
そぐわない陽光
別離の軌跡は霧雨に消えた
相称だった傷痕


幻でなければいけなかったのに
自然をよそおう不自然さ
爪に雪花石膏アラバスターが拡がっていく
思い出に痣ができて
老いていく私の中に残る幼さ
髪飾りとして肩に寄り添う

  黒灰色の幸福   

竪琴キタラは私の指を拒む
喧騒に置き去りにされて
壁龕へきがんに碧羅
酸素が夢に溶けていく
荒々しくて、臆病
烟嵐えんらんにねむる者


孤絶と黄昏こうこん
電話、こわごわと
甲斐甲斐しいのに余所余所しい
線香の煙はとどまってくれない
科戸の風に連れられて、いく
双眼鏡の失寵



玄関に月影
金枝篇を抱えて駈ける
僻遠の地にあると信じていた
満月のバルコニーに間に合わない
ヴァーベナに慰めを求めていた
果樹園の泉水にて


プリズムの通る街衢がいく
しめやかに燃えていくでしょう
甲斐甲斐しい星灯
様々なベリーに覆われた館
所在なさげなコーヒーカップ
雲間にだけ聞こえる声

   約束と薬毒  

闇は光のために存在するわけではない
蝙蝠のような面紗ヴェール
昏れていく関係における会話
入り日と一緒に消えれば気づかれない
本の背表紙の折り目
手袋のなかで育つミントティー


壁のように答えてくれない表情
一度だってしてはいけなかった
ポップコーンで引っ掻くよ
かわいさは軽んじられてきた
偽物にしておかない
何歳いつだって似合うよ



波上に兆す
相容れない海風
フィルポット軟膏を手渡す
水筒に白ワイン
三日月と焚き火
継ぎ接ぎの生命を黒真珠と共に


獅子と呼ばれた奇石いし
画材に手を引かれて
覗機関のぞきからくりのなかに迷いこむ
蝙蝠と杜若
交差点には人生が詰まっている
湿気った燐寸を持ち歩く

   貝殻の絵画   

底までの海
渡しそびれたお土産を撫でる
ピアノのペダルも聴きとれるほど
ヘッドホンのつくる空間
街中というオブジェ
まばたきでは判読不能


持ち去られたのは頼りない薬箱
助手の髪色が日々変化していく
蛾が硝子を叩く音
凍った情で行けるところまで
昔使ったコテージにて
手負いの雪花



陽光が葉を貫いていく
心地よい無縁
時代のおかげではない
経血になったブラックカラント
十分の一だって伝わらない
きみのは誤訳


誤ってダブルベッドを予約した
瞳孔はゴーリーの黒
当然の態度はもう通じない
こらえていたこと
謝りたくてもすべきでない
目に見えなくても

   our ‘an hour’   

あらゆる《なかよし》
あらゆる《一緒にいる》

汚いのは言葉ではなく人間の口
怒りの本質は暴力ではないよ
見和みな


愛を経由しない切り口で語って
相合傘をしても恋は始まらない
結ばないほうがよい糸
肌に触れずとも満ち足りた
幸福の条件を吟味する
たとえそう見えていたとしても


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