其の日は望遠鏡を一緒に作るはずだった
語り部は打鍵ヶ岳で織りなす
あと何度あきらめたくなるのだろう
臆病は誠実のすぐ横にいる
誰の声にピントが合っている
昔日の姿を迎えることは二度とない


舞踏ヶ岬をとおる夕日せきじつ
どうしたら搾取せず共に居られる?
天をさらに遠ざける光蓋ひかりがい
未知の道をしめす鏡筒
耳輪ヘリックスにオパールを埋める
記述されてやまない男王



文字ヶ海

赤日の所為にしてきた皺寄せ
輝きから美しさを取り除く
世界をただ受け取るだけだった
愛を知らないなんて簡単に言うけれど
実りに乗っているだけだった
恋や性の文脈に捕まらないように


反射も屈折もせずに伝わればいいのに
あなたの誤解を幇助する穢れ思想
《ない》を経験しつづけている
黒雲が抑える光
身の純潔だとかいう作り言がまだ生きている
積日の黙殺



浴槽が月光でいっぱいになったら教えて
こころ強さの在処
共に『星月夜』を模写したあの部屋で
試験管で生まれたインク
月齢の消印
愛する人なのだから《愛人》と書く


仲良くしたい ≠ 恋人になりたい
君の香りじゃなくて生地の香りだった
「二人で」を脱して
もうすこし繋がりを薄めても大丈夫
強ければ強いほど擦り切れていく
断絶はときにシェルターを作る



韻律ヶ丘

恋し合わず愛し合わず(しあわせだから)
恋されない方がうれしい
あなたと仲良くしても大丈夫かな
性交渉を求められたりしないよね
プラハの天文時計オルロイが見えるカフェ
既に溢れるほど肯定するものが在るのに


カチコチ朽ちゆく渾天儀
対等だと感じていたのは君だけだろう
濁音ヶ湖の後光
日時計の影が動いた分の待ち時間
夢の尾羽
望遠鏡の部品集めなら一人でしておいた



鏡面を研磨したら反転
主客転倒
天球儀を這う幾つもの手があった
筆ヶ池で汲んできたインク
そのレンズがなければ見えない
反転したら奪還


フラスコで茶葉を踊らせる午後に
やりなおし地球
試されているのは《聴く側》
在り方を問われている
満足には有益も無益も近寄れない
歯車の足りない太陽系儀



言葉ヶ原

強くない女ってどんな女
彼女の歌詞を全て恋愛として読む人々
高い台座から降りて主体を取り戻した
彼女を銅像にしていたのは他でもない私達
《弱い》や《強い》に見つからないように
見出されたものと与えられた意味と


椿の言伝はあなた宛てではなくて
差別の上に成り立つ悲劇
怒るときだけ生き生きするんだね
経血で書かれた《女人禁制》
太陽系から退場
落下する機械式時計



天体望遠鏡の組み立ては終わっていない
余花までの余寒
書かれた詩の中で約束は守られていた
見つけるのに何百年かかると思っているんだ
生者に拘わない死者であってほしいのに
弧状に撓ったオーロラ


車窓から指先を出して
予感を待ちわびていた
次回も初対面のような笑顔で
滲んで読めなくなりますように
紛らせられないさびしさを抱きしめて
湖上より天を望む忘憂草わすれぐさ



知識ヶ洞

枯条こじょうと渡し守
使えないから《魔法》と呼んだ
ビーカーで飲む金色のシャルドネ
思考に翻弄されて寝つきがわるい
きみの目玉の色したピアス
ねぼけまなこの星時計ノクタラーベ


蜘蛛の巣を着たアストロラーベ
小雨にけぶる書誌ヶ森
『パラケルススの薔薇』を読む声が響く
見出すことと信じること
知識欲と共に海蝕洞を奥へ奥へと
孤城と闇と問いと


illustration: 〈1〉, 〈2〉, 〈3〉, 〈4〉
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