Day mode or Night mode

#20 クリスマス カレンダー


消燈後のアイコンタクト
きみの言う「やさしい」を、ぼくはきっとできないだろうな
エピローグの終わりはすぐそこ
マフラーは12月の花火に翳る
帰り花を見送る
雪吊りの張られる様を見ていたあの日
たい焼きを明日の朝食にするつもり
イヤーマフに雪が模様をつくる
枯園を名残惜しくそっと離れる
深い小雨を抜けたら
いつの間にか好かれ、いつの間にか嫌われ
このインクの色は冬の灯に似合う
夜宴と火打石
少し鼻声で髪飾りを褒める
ホットココアとケーキと年鑑
ひたいを蜘蛛の巣が掠めたような気がした
爪に残るパステルの跡
冬に生きる夏虫色
一枚の羽根がそよ風をくすぐる
0.2ルクスと焼き菓子の味
きみのためではない料理
ホットチョコレートと天文図鑑
ひとつの台所を複数人で効率よく使う方法
冬浅い夜のサドル
ツリーの頂点には何もない
寄付金が届く頃の未来
星影槽
夜を撚り合わせる電話越し
羽搏きの黒白
おかえりのオルゴール
夜空にはたくさんのオーナメントが瞬く
(手渡しできなくても)

#19 朧

散る葉にきみの余焔を見た気がして
薄荷なくなる、儚く、鳴く、かなかな
指先から滴るような……。今日できる説明はそれだけ。
同情と暗涙
嘆息は声音にも言葉にもならなくて

桔梗咲朝顔の紋様
パラフィン紙と減光フィルター
ぼくたちらしい睦言を探してみたくなったけれど、探さないのがぼくたちらしい?
きみにやさしくされて悲しみそびれてしまったけれど、それでもまあいいかと思えたんだよ
湖上に散逸するムーンリバー

#18 雨か雪か

それを〈意思〉と呼ぶべきか
おぼつかなさ、雨の降らない雨雲
少しずつ移動していく日陰
雨か女か雪か男か、或いはそれら以外
スタッカート・スキップ
未明の雨宿り
嘲笑は明るすぎて
朝食はガリレオ温度計と共に
「シーザー暗号を使いなさい、すぐわかりますよ」
必要に迫られ手を繋いだ
初夏の笹舟
葡萄畑の迷い人
水辺のVlog
シュノーケルの約束を忘れよう
会話をひとつひとつ積み上げてきた
罪とは言わないけれど
気づかわしげに消失
旋律を束ねて
深夜2時、フォンダンショコラを齧る
たくさんの関係、ひとつひとつの性質
桟橋の隙間に落ちていく話し言葉
幾億の背表紙たちの中からまた見つけて
深夜1時のカステラ
机上の烏龍茶
飾られなくなった絵
109年目の蝮酒
微弱な逆光線
標本壜のなかで朽ちていく
深夜3時の楽曲共有
逆夢の岬
正夢の崖
絵葉書のアルバム
水紋蝶
差しむけた傘を拒まれる初夏
波濤の蔵書票エクスリブリス
何方どちらを向いたことばなのだろうね
分かりにくいと言われ退けられたもの
見つけられなかったもの探せなかったもの
見つける必要も探す必要も、なければ。
もっと早く知りたかったと、こんなにも。
分類するな名付けるなと声高に叫ぶ姿をみるたびに。
生き延びる。なぜなら可視化のための言葉だから
ついにやっと名と出会った瞬間の——
仲良くなっても独り占めは必要ない
他人との関わりを制限する独り占め
まだ冬の呼気が掠れて
掠れたらくがきはメモの端で
あの頃と変わった人の変わらない部分
樹洞のように拒絶する
仲良くなっても性行為は必要ない
束の間のコテージ
懐かしい。と言ってみせるポーズ
真新しい雑誌のにおい
リミット9日間の6日目
フラスコのなかで鉱石を育てる
女の顔を隠すアート(潰さないで)
私たちを《普通》ということにしたがる手
花脈のかたすみ
美しいなんて言ってくれなくていいんだ
花片の落ちてくるような栞
積読に罪悪感を抱かない
学びには何時か何処か誰かの犠牲がある
あるひとつの言葉が氾濫する
月とはその先を覗くレンズ
注文した本をずっと開けられずに
椿よ、つばき
おいしく感じられなくなって
そのまま瞼を上げることができない
日没の金箔片
火のぬくもりを貸してあげる
心とは正反対の絵文字を送ってしまう
どこまでも転がっていく月
いつだって黒色は攻撃してこなかった
心のうちに壁画をもつこと
共感のいらない安らぎを
誰もが誰にもふさわしくない
水の芯に触れる
わたしたちの声変わり
猫集会に居合わせる夕方
梅路を辿る季節を春という
1991日前のメッセージが送れませんでした
タペストリーのなかに訪問者
30の間違い/80の間違い
霧雨きりすに爪弾く
強がりでなく本心であると
ふたりぼっちに閉じ込められるのはいやだよ
性的欲なき手のひら
手の甲に降る虹
気づかなかっただけでずっとそうだった
新しいのではなく、ずっとそうだったよ
瞼と窓掛け
血縁のない者たちが集まるこの家
晴れ渡る結婚推奨思想
星は光を持たない
うれしさは二人が恋人と思われないこと
ダイアローグ——ある洞窟にて
青黒いインクの時限
二人組人生制度が降りかかる道の途方も無さ
ロマンティックラブイデオロギーの雨音にかき消されそうでも
異性結婚推奨思想という国の謀を挫く
そして立ち現れる個人の立場
透明化できるマントなんて無かった
泣きじゃくるように砂利道
輝けば打ち消しあう
イリデッセンスの動悸
鞘なら壊しておいた
また愛を過剰に見出されている
性行為を求めてばかりのこの世であろうと
触れずに交わせるもの
ふたたび本をひらくとき
フリーハンドの黄金律で
暗闇で声を測った
水沫は片翼ゆえに届いてしまう
新月の隠れ家
広々としたカウチでそれぞれ自由に過ごす
凍れる森の夜景画ノクターン
真冬のちいさなお祭りのこと
この比喩に花々は似合わない
その軽率さがやさしかった
道連れはバーガンディーのベルベット
縁切り星
愛さないまま大切にしている
楽しくなくとも充実している
雨日和アンビエンス
だらしのなさに生かされている
悲史を負う
その憎しみは如何にして生まれた
無知と思われている
知っているよ、といつどうやって伝えようか
予想すること/侮ること
風呂場の花鋏
水流に逆らって、指で梳いて
花屑たちの呼吸
祈りに逃げた/祈りしか持っていなかった 
魚の骨を除ける所作 
理屈っぽくなれてこの上なくうれしいよ
手折った花と口遊むように
嘲弄を含んで「ポエム」と云う
予想に反することなくやっぱり苦しい
博物書との午餐
置いていかれたパンくずに癖を見る
海景画をいつか歩いたね
朝4時36分、灯油の匂い
凍えた手で自転車のチェーン直して
カンヴァスに置いた雪一面
渦巻く、うずくまる、疼く、薄霜
氷雨の余焔
勢いはときにやさしさを蹴飛ばしてしまう
雨漏りとライター
運命から逃れたその先で
かなしみをゆがいて
祈雪の残像
懸命に駆け抜け、そして踏んできた
落日と涙路
身軽さを求めるわけもなく
窓硝子と花器
雨か雪か分からないんだ

#17 走り書きの書き遺し

時計に翼が生えれば砂となる
花々は人間を待たない
誰かと生きる ≠ 結婚する
あなたと生きる ≠ あなたと結婚する
日暮と時雨
傷だらけの銀器
愛用していたネルドリップ
あなたが載った新聞の切り抜き
性別というフィルターを通さずにあなたという存在に接する
ナイトテーブルに積まれた本
口寂しくて深夜のドリップコーヒー
走り書きの書き遺し
野花の配列
星たちのように傘は行き交う

#16 運命の遺物ゆいもつ

運命の遺物ゆいもつ
懐かしさを朝明けと分け合う
ざらざら夜桜のうた
言語的な絵画
にじんで、ぼやけて、やがてかすれて、
雨夕桜の残痕
白日夢/自転車のベル
靴の裏に付いていた思い出の破片
雨の黙するとき
スペードとクローバーのコーディアル
簡単そうに見えるもの
幼少期の写真
照り映えるレジャーシート
泥土というカーディガンを羽織った花片を
昼下がり、ピアノの練習をしているのが聞こえた

#15 天を望む忘憂草わすれぐさ

其の日は望遠鏡を一緒に作るはずだった
語り部は打鍵ヶ岳で織りなす
あと何度あきらめたくなるのだろう
臆病は誠実のすぐ横にいる
誰の声にピントが合っている
昔日の姿を迎えることは二度とない
舞踏ヶ岬をとおる夕日せきじつ
どうしたら搾取せず共に居られる?
天をさらに遠ざける光蓋ひかりがい
未知の道をしめす鏡筒
耳輪ヘリックスにオパールを埋める
記述されてやまない男王
文字ヶ海
赤日の所為にしてきた皺寄せ
輝きから美しさを取り除く
世界をただ受け取るだけだった
愛を知らないなんて簡単に言うけれど
実りに乗っているだけだった
恋や性の文脈に捕まらないように
反射も屈折もせずに伝わればいいのに
あなたの誤解を幇助する穢れ思想
《ない》を経験しつづけている
黒雲が抑える光
身の純潔だとかいう作り言がまだ生きている
積日の黙殺

浴槽が月光でいっぱいになったら教えて
こころ強さの在処
共に『星月夜』を模写したあの部屋で
試験管で生まれたインク
月齢の消印
愛する人なのだから《愛人》と書く
仲良くしたい ≠ 恋人になりたい
君の香りじゃなくて生地の香りだった
「二人で」を脱して
もうすこし繋がりを薄めても大丈夫
強ければ強いほど擦り切れていく
断絶はときにシェルターを作る
韻律ヶ丘
恋し合わず愛し合わず(しあわせだから)
恋されない方がうれしい
あなたと仲良くしても大丈夫かな
性交渉を求められたりしないよね
プラハの天文時計オルロイが見えるカフェ
既に溢れるほど肯定するものが在るのに
カチコチ朽ちゆく渾天儀
対等だと感じていたのは君だけだろう
濁音ヶ湖の後光
日時計の影が動いた分の待ち時間
夢の尾羽
望遠鏡の部品集めなら一人でしておいた

鏡面を研磨したら反転
主客転倒
天球儀を這う幾つもの手があった
筆ヶ池で汲んできたインク
そのレンズがなければ見えない
反転したら奪還
フラスコで茶葉を踊らせる午後に
やりなおし地球
試されているのは《聴く側》
在り方を問われている
満足には有益も無益も近寄れない
歯車の足りない太陽系儀
言葉ヶ原
強くない女ってどんな女
彼女の歌詞を全て恋愛として読む人々
高い台座から降りて主体を取り戻した
彼女を銅像にしていたのは他でもない私達
《弱い》や《強い》に見つからないように
見出されたものと与えられた意味と
椿の言伝はあなた宛てではなくて
差別の上に成り立つ悲劇
怒るときだけ生き生きするんだね
経血で書かれた《女人禁制》
太陽系から退場
落下する機械式時計

天体望遠鏡の組み立ては終わっていない
余花までの余寒
書かれた詩の中で約束は守られていた
見つけるのに何百年かかると思っているんだ
生者に拘わない死者であってほしいのに
弧状に撓ったオーロラ
車窓から指先を出して
予感を待ちわびていた
次回も初対面のような笑顔で
滲んで読めなくなりますように
紛らせられないさびしさを抱きしめて
湖上より天を望む忘憂草わすれぐさ
知識ヶ洞
枯条こじょうと渡し守
使えないから《魔法》と呼んだ
ビーカーで飲む金色のシャルドネ
思考に翻弄されて寝つきがわるい
きみの目玉の色したピアス
ねぼけまなこの星時計ノクタラーベ
蜘蛛の巣を着たアストロラーベ
小雨にけぶる書誌ヶ森
『パラケルススの薔薇』を読む声が響く
見出すことと信じること
知識欲と共に海蝕洞を奥へ奥へと
孤城と闇と問いと

#14 双眼鏡の失寵

もうひとつの遺書の在処を知る唯一の者
煙が頬を撫でていく
すげない月光
そぐわない陽光
別離の軌跡は霧雨に消えた
相称だった傷痕
幻でなければいけなかったのに
自然をよそおう不自然さ
爪に雪花石膏アラバスターが拡がっていく
思い出に痣ができて
老いていく私の中に残る幼さ
髪飾りとして肩に寄り添う
黒灰色の幸福
竪琴キタラは私の指を拒む
喧騒に置き去りにされて
壁龕へきがんに碧羅
酸素が夢に溶けていく
荒々しくて、臆病
烟嵐えんらんにねむる者
孤絶と黄昏こうこん
電話、こわごわと
甲斐甲斐しいのに余所余所しい
線香の煙はとどまってくれない
科戸の風に連れられて、いく
双眼鏡の失寵

玄関に月影
金枝篇を抱えて駈ける
僻遠の地にあると信じていた
満月のバルコニーに間に合わない
ヴァーベナに慰めを求めていた
果樹園の泉水にて
プリズムの通る街衢がいく
しめやかに燃えていくでしょう
甲斐甲斐しい星灯
様々なベリーに覆われた館
所在なさげなコーヒーカップ
雲間にだけ聞こえる声
約束と薬毒
闇は光のために存在するわけではない
蝙蝠のような面紗ヴェール
昏れていく関係における会話
入り日と一緒に消えれば気づかれない
本の背表紙の折り目
手袋のなかで育つミントティー
壁のように答えてくれない表情
一度だってしてはいけなかった
ポップコーンで引っ掻くよ
かわいさは軽んじられてきた
偽物にしておかない
何歳いつだって似合うよ

波上に兆す
相容れない海風
フィルポット軟膏を手渡す
水筒に白ワイン
三日月と焚き火
継ぎ接ぎの生命を黒真珠と共に
獅子と呼ばれた奇石いし
画材に手を引かれて
覗機関のぞきからくりのなかに迷いこむ
蝙蝠と杜若
交差点には人生が詰まっている
湿気った燐寸を持ち歩く
貝殻の絵画
底までの海
渡しそびれたお土産を撫でる
ピアノのペダルも聴きとれるほど
ヘッドホンのつくる空間
街中というオブジェ
まばたきでは判読不能
持ち去られたのは頼りない薬箱
助手の髪色が日々変化していく
蛾が硝子を叩く音
凍った情で行けるところまで
昔使ったコテージにて
手負いの雪花

陽光が葉を貫いていく
心地よい無縁
時代のおかげではない
経血になったブラックカラント
十分の一だって伝わらない
きみのは誤訳
誤ってダブルベッドを予約した
瞳孔はゴーリーの黒
当然の態度はもう通じない
こらえていたこと
謝りたくてもすべきでない
目に見えなくても
our ‘an hour’
あらゆる《なかよし》
あらゆる《一緒にいる》
理由に愛を持ち出さないで
汚いのは言葉ではなく人間の口
怒りの本質は暴力ではないよ
見和みな
愛を経由しない切り口で語って
相合傘をしても恋は始まらない
結ばないほうがよい糸
肌に触れずとも満ち足りた
幸福の条件を吟味する
たとえそう見えていたとしても

#13 曖昧ファジー哀歌エレジー 

屑籠のなかのものがたり
粉々にされた詩を拾いつつ
その海は語らせてくれない
臘梅に臘雪
硬質なマフラー
心臓がその香りを憶えている
蜜のような髪先
きみの背中を追う花びら
湖鳥と水製王冠ミルククラウン
さくら散る速さくらいで
一雨ひとあめの熱
ボートと桜人
花弁は破片
夜空に散らばる桔梗咲き
3番目の音がやさしい
とけあわない泡たち
血液を分け合わない
虚空の密度
あの店の前は通らない
それぞれの水平線
声を湖面にたら
半睡の保管庫
薄い寝不足
鼓膜に夢の移り香
牌の散らばるテーブルで

恋の関係ではうまくいかなかったけれど
伴侶パートナー 探しをがんばりません
愛しあう人がいなくても楽しい日々
《すき》への経路は恋だけではない
入り組んだ恋を分解してみたら
経済的に自立するドゥーリトル氏
イライザは伴侶にヒギンズを選ばない
今に見てろよという執着を捨てて
棚の一番上にも自分で届く
ほとんど同じ目線の高さ
恋愛的両思いを皆が願うわけではない
たのしかったよ、偽物といわれてもね
at heart
性交が愛の証ってあなた言ったでしょう
本能と呼ばれているもの
だれのことをも待たないベッドで
途中でやめる権利は常に絶対にある
理由に愛を持ち出さないで
あなたの気持ちに応える私なりの方法
誤解を解かずに死んでいく人々
尊さ/天上天下に我ら唯、独つの存在
我ら——心臓のありもなしもすべての
歩み寄らないでも何度でも書こう
語ったことの蓄積
罪の意識に突き動かされて

虹の臥所ふしど
龍になるための鯉じゃない
箒の調べ
あのとき雨は案内していた
星躔のモチーフ
夏の暖炉に棲みついた
夜宮の出口は朧である
埃を纏う光沢
先代の本が縒れている
この技術を魔法と呼ぶ者たち
享楽的拷問を夢想された少女の数だけ
月までの蔦
飛雨と飛龍
《語られる》から《語る》へ
英雄として人間性を奪われた人間のこと
まだ知らない視点から軽蔑される
瑞雲の訪れ
予知夢めくるめく
冥王を納めた薬箱
嘘の眷属うから
靴磨きで心を整える真夜に
呻くように光っていたね
会葬者に白蛇の殻がいた
悪役さえも引き受けてしまう闇は
《無い》に気づくのはむずかしい

流星群の下で渡した予備のボタン
銀漢は迷宮だから会えないんだ
守護するように沈香
透明を通してつながっていても
さよなら想望
忘れ草の奥へ離れゆく形影
まよなかの芙蓉にゆびさきで触れる
死後に想像されるありもしない恋愛
雪は記憶の声までも吸い込んでいく
粉雪のような呼気
望みを絶たれた目は伏せられる
幾重にも病葉わくらば
曖昧ファジー哀歌エレジー
幾重にも邂逅わくらば
互いの勾玉に触れた
どうして見つけられると思う
目を開けない君を前にして
幻影は真実から逃げ惑う色をする
シンメトリーの痕
《死後》の眷族
波紋は消えた
泣き疲れたときだけ仄見える
奇跡をたせて
残り香に呼ばれよみがえる
蜻蛉玉のねむる抽斗

#12 クリスマスカレンダー2021

生まれてからずっと後日譚のよう
葉風が燃えるように立ち上がる
霜月のしわぶき
如雨露じょうろうかべた泣き言
夜空の油を浮かべた珈琲
一滴のジャズを垂らした空間
角砂糖は落ちた星の味がした
いてくれたらうれしいけれど、いなくなってもそれを受け入れるよ。だってあなたの意志だから。
かじかんでいく感情の一劃いっかく
引き留めるなんてできない
戻ってこないことに安心するんだ
はるばると12月の浜辺
紙片に言伝
ひそかに待つ
ひそやかに待つ
不毛なよあ
悪夢の悪を奪ったあなた
あの人に子孫がいるかどうかは分からない
あなたを光にしようとするものすべて薙ぎ払いたいなあ、でもそれもきっと——
断罪の重力
もはや闇ではない
未明のエルダーフラワーコーディアル
光祓い
一昨日、ナイトランプを割った
昏れて/Crescent Moon/隠れて
クリスマスツリーの調律師
ワインのコルクが転がる先
散文めいて雪暗ゆきぐれ
たわむれ/推論
脈に詩が息づく
苗字を同じくしないままで
配役を脱ぎ捨てる
入念な諦念
ガラスの重いドア
肉眼製のまやかし
修復されたのはファムファタルと云われていた人間
好奇の目玉たち
悪霊と握手する方法
輝ける血のように鬼灯
ためいきをひもと
きみとの過去にニスを塗ってしまった
遠鳴りのギター
無題の無限
思い出の粘度
幸福が血液に沈んでいく
渡したペンのインクが掠れる頃
さみしいはずだという先入観
白湯とブランケット
すべてを〈愛〉に変換する回線を切断しなければ
リュート奏者と庭師
ベネチアングラスのブローチ
その感情を負と呼んではいけない
絶海の伝令
輝安鉱のような眼光
想望を纏う万年筆
あと二夜明けたら
真心で払い除けて
強さを欲しない世界が欲しい
前置きのように湖がいる
キャンドルが12月を燃やしていく
ディキンソンの詩集

#9 ながし目、なびく髪

 あなたの、私にまるで興味なさそうなところがすき
 恋を介した関係を結ばない、望んでいない

 夢で見ていた梅があった
└ 銀箭ぎんせん┊振り返る┊幽かに揺れる┊足駄

 ながし目、なびく髪
└ ぎやまん┊煙管の雨には加わらぬ┊遠州行燈

 蝶結び、視線結び
└ 縁日 ┊ 蹣跚よろけ縞 ┊ 螺鈿の簪

 あのころ予想していたこと
└ 呼ぶ声が甦る ┊ 雑沓 ┊ せみしぐれ

 これが最後だと思いますか
└ 雪模様┊梅見┊屋根舟┊薄紅梅の道中着

 葉のさえずり、風のほとり
└ 柳染の風呂敷┊福寿草┊置き去りの櫛

 夜は弱音に寄り添うのよ
└ 東雲しののめ┊枕元┊珊瑚玉┊置き忘れたふりを

 鴉を殺さないままで
└ 煙管┊肘掛窓┊三筋の糸┊即興の端唄

 一掬の涙は追憶を呼ぶ
└ 乾ききらない髪と髪┊遠くに宵祭りを知る

 あなたみたいに着流しを着たい
└ 帯の位置が一緒だ ┊ 煙管を髷に挿して

 長いお別れと長いお別れのあいだに
└ 深海 ┊ 透明 ┊ 天空

 姉妹を家のなかへと送る花野
└ 枯野┊香炉┊ぽぴん・・・だけが返事をする

 きみが引いた墨を辿る
└ 貝楼┊夜の鏡台┊ほろほろと崩れる

 ぽぴんを交換したあの日から
└ 偽の花野┊雪原を纏う┊蝶や花やと失うために

 落とした匂い袋
└ 枝垂れる┊葬列┊子の刻、ちぎれ雲

 髪結がさしたのは簪それとも仕込み刀
└ 指と指を重ねる┊眠りつくまで┊滅紫

 演じて、得られて、失われて
└ いつか確実に傷つける ┊ 牡丹 ┊ 興醒めだ

 勘付かれたことに勘付いてほしい
└ 沈香┊横笛┊ふるえるまつげ、まなざしふる

 此処も彼処もだめなら何処へ
└ 地縛霊と吸血鬼 ┊ 没薬ミルラとルリユール

 わたしを保護したひと
└ 桜蘂 ┊ 川縁 ┊ お弁当 ┊ 快晴と雨靴

 三人で揃いの指輪
└ ミュール ┊ ポプリ ┊ 飛行場 ┊ ダイビング

 おうちでお酒を作る
└ 飲みたいひと┊飲めないひと┊飲まないひと

 新月、繊月、満ちれば孤月
└ バルコニー┊蔦┊形を持たないための言葉

 キャップのツバで見えない
└ 霧雨┊待ちぼうけ┊ガードレールに寄り掛かる

 陰を湛えた琥珀金エレクトラムのような瞳だった
└ ギター┊背中┊ピックだけが残っている

 骨張った指で
└ 寒月光┊アコースティック┊冷蔵庫の光

 水尾に導かれて
└ 揃いのアンクレット┊海霧じり┊画面の指紋

 モノクロは不幸じゃない
└ 結露┊画材┊闇はあなたを襲いはしない

 はじめもおわりもないところ
└ ミッドナイトブルー┊ここにいないひと┊渡河

 錆びたロケットペンダント
└ 窓際、壁際┊ボルドーの万年筆┊ワインリスト

 関係は元に戻ることはなく、新しいものになる
└ 双眸┊さみしさを恐れない┊想望

 顔に傷痕のある女/傷痕を特別なものとしない
└ 奪われてきた功績 ┊ 平和ってなに?

 巨きくない感情たちの物語
└ 水槽の泡┊終わりと始まり┊シャンパンの泡

 恋人だと勘違いされてしまう
└ 頼る┊ケアし合う┊紹介する┊たいせつなひと

 視線を結ばなくても分かること
└ 喧騒┊ネオン┊着信┊オレンジワイン

 夢から覚めたら探さない
└ 人混みの向こう┊振り返らない┊三年前

 梅の咲かないうちに
└ 機械仕掛けの時計┊遮光┊粋だね

 皆は知らないということ
└ 承認も証人も知らない┊当事者の話

 きみをすきになったら、きみはぼくをきらいになる
 ハローグッバイ、ききたくない

 恋愛も性愛も友愛もあの人への想いをあらわせない

 〈恋愛〉と認識されてしまうことで失われた、
 あるいは、認識されなかったことで失われた、
 たくさんの関係たちのこと

 恋だと気づくための気持ちじゃなかったんだね

#11 望むのは崩落

自分ひとりの家
モノアモリー再考
クィアプラトニック/ひとりの家
〈家〉という境界線
境界 | // ¦ ケア

同居なんかしていなければ
我慢する癖
痛みを痛みとして認識させない
役割に組み込まれた負担
溶けあえばいつの間にか飲まされていた拘束具
恐ろしく長期的な恐ろしい約束
別居は不仲の象徴じゃない
奪い合わない三角関係
相合傘をしても変わらない関係
破綻込みでなかよくしよう
〈つがい〉にならない距離
〈なかよし〉のあらゆる距離
自分自身を置き去りにしないために

〈性交する〉がひどく身近にある社会で
選択したと思い込むように
追い込むように選択肢を隠す世界で
〈性交しない〉しか選べない
恋人の役を着れなかった
性的に使われることのないベッドがうれしい
違和感が導いてくれたんだ
肉体を欲しないひとがすき

言わなくても通じると思ったのはなぜ?

プラトニックから〈純〉の意を剥がしたい

明言しないと取り込まれてしまうから
恋じゃないって伝えておくね
愛に変換しないでほしかった
私の想いにがっかりした過去の人たち
距離は近ければいいというものではない
愛しあわないままでしあわせなのに
本当に〈選び取る〉をしていたのかな
どれが自由だったと言えるだろう
愛だと断ずることで失われていくもの
独占は暴力への道を示す
愛ではなく支配欲だったと今なら分かる
だれにも支配されない生活
だれにも所有されない人生
他人の「ご主人」になれる人間などいない

「それっていいの?」から始まった
私の意志ではなかったはずだ
人間的かどうか——決められる人間はいない
被害者らしさなど存在しない
楽しんでいると侮られ、怒れば揶揄される
苦しみを見せないと苦しみが分からないのかな
悲しみは共感されるのに、
怒りが疎まれるのはなぜ?

承認と認知のちがい
侮る方がわるいのだ
違和感を掬い上げる
だれにも希望を託さない

これは自立の話ではない
〈旧い〉に逃げて安心しないこと
欠落とみなす社会に欠落しているものは
滅ぶ これは修辞ではない

望むのは私の包摂ではなく、規範の崩落

この憎しみを悪用されないように

#10 支配も所有もない関係

髪先に口付けるだけ
永遠に友と相合傘
星か泡か分からない
香りで呼ぶ
贈り合う歌はいつもかなしい
花にならないままでいいかな
グラスのなかで居待月
血がにじんでくるまでに離れるの

失うのなら初夏がいい
きみの言葉が闇をつくる
ネガの住人
やさしい言葉は見える
大丈夫って安心させてくれたこと
闇を愛する
冬めく海と紙ひこうき

昨夜の桜で最後にしようか
夢でつないだ手の感触が
あきらめのわるいねがいごと
思い出すだけがふさわしい
半球の屋根裏部屋
最後に閉めたドアの音が
置き忘れられた花束

共感不要
あなたを待たないままでいいかな
唯一のひとを見つけない
待つは囚われの身
この関係を恋人と呼ばないでください
花言葉とは人による花への呪い
救世主などいない
支配も所有もない関係

#7 クリスマスカレンダー2020

献辞 だれかのあなたに
タイムトラベルで会いにいく

しぐれなら
雫はしずかに
小夜中ならばふさわしいさよならを
追憶、潰える
いずれまた

月草の薬に消えたひと
移し心と待ち惚け
残された者の空ははなだに染まる
あなたに愛されない藍だった
染み抜きしてもなくならないもの
去れば届く
恨まれても護れたもの
いつだっていびつ
墨色の罪

梅が香で呼ぶ
たとえ生きていたって、見えない夜に
追ってはいけない
常磐/草葉の陰/時輪
赦されるなら新月の夜に
梅が香残して

花と共に去りぬ、雪と共に来たりぬ
そしてまた、花と共に
記憶を覆っていく花吹雪/さよなら
梅守り鶯
一角獣座の筆跡

一途に探した瓶から零れたのはrye
その髪はぬばたまのはずなのに
嫌われるやさしさが致死量に達するとき
この瞬間の約束/全てを知らなくても
たった一瞬目が合うだけでよかった
板の間で横たわり浴びるmoon ray

花火が部屋を照らすとき
まぼろしが真実になった

影絵でいいから会いたかった
葉桜のバス停
現像と幻像のあわい
白日夢は水面みなもに宿る
夏のうつしみ
こもれびが彼の影絵をつくる

薔薇の線画
ふたつの輪は二度交差する
さみしさはコマ送りの記憶
想いが地縛霊になっても
玉の緒は外つ国へいく
魂は連れて行けない
澱とは思い出のこと

タイムトラベル、泣きながら
わたしはそっとしずかに消える

献詩 ふたたびあなたに
これを序章の結びとします


#6 千年間の説明をせがむ

あの部屋の冷蔵庫の光に月は勝てない
なでつけた髪と骨張った手の甲
海蝕洞から雪を見ていた
その記録はガラス
海際に埋めた
喉に頼る

声なき夜
満月から逃げる
刹那の水紋/逃げる鯉
その暖かさに蝕まれても
ささやかな祈りを捧げて細雪
フロントガラスに夜景を閉じこめて

まばらにまばゆい

迫りくることばが鬩ぎあうこころ
ねがうそばから消失していく
小雨が知らせに来るまでは
雪の駅に佇んでいた
なぐさめの喧騒
狭霧の湖

薔薇の硬度
洞窟と潮風と驟雨
フローライトの封蝋
天文台のタイプライター
その伝言はフェルメールブルー
蝕に千年間の説明をせがむのだった


#5 辞書は誰の視点で書かれた

恋せず生きていくおとめたち
恋にはなりえない
それを恋愛と名付けなくていい
恋じゃなかったら続いていた関係
恋せよ乙女と命令するあなたは誰?
紋切り型の影に隠れて
わたしはあなたの花にならない
私たちは美しく華やかな物ではない
血のえにしに背かなければならなかった
だれかに所有される花にはならない
隠された選択肢
社会の所為にするなという詭弁
自己責任論の暴走
「すき」だけでは悪化していく世界の側面
辞書を疑う
美しさの名のもとに怒りの心を奪われる
不均衡な仕組みへの疑いの心を奪われる

闇≠悪
黒≠悪
暗≠悪
光は善か
光への妄信
視界を侵掠する光
暴く光と匿う闇
焚かれたフラッシュはあなたの権利を奪う
正義の光に奪われた思考
思考停止の明白時代
正義にも悪にも色は無い
暴れる光を鎮めにくる闇
悪が光に扮するとき
光が毒を生むとき


#4 クィアプラトニックな関係

ベッドの上でプラトニック
ふたりは愛し合う
ベッドの上で愛し合う
ふたりは夜を共にする
ベッドの上で夜を共にする
ふたりはプラトニックに愛し合う

(愛し合うってなんだろう?)
ベッドの上でふざけて笑ってたのしいね
たのしさに愛がついてくる
愛は後付けでいい
わたしたちのクィアプラトニックな関係
ダブルベッドでこれからふたりは何をする?

怒りは光

愛し方が下手なわけではなかった
辞書は絶対ではなかった
愛ではないことばが必要
愛なきキス
知らなかった分の憎しみ
その関係は、キスに死す

唇をくっつけなくていい
性器をくっつけなくていい
愛するあなたとの性的接触は必要ない
性を退けて夜を営む
どんなときにも性は邪魔だね
愛し合う私達は性行為から遠いところにいる

#3 書かないことが最善だった

零れた不安が黒耀石になればいいのに
投げ出した足に湖蝶がとまる
ひまわりに焦がされた喉
夏はしとやかな雨の陰
鏡は嘘を拒絶する
二人の地縛霊

TO: Ghosts
万華鏡を出ていく
合わせ鏡の片方に爪痕
海蝕洞から欠けていく夏
分からないまま別れたらいい
葉月尽を待てず、このボートを降りた

陽炎に還ろう

いつまでも君になじまない真珠だった
ラピスラズリの前世は人魚の鱗
互いがたがいの岸だったこと
崩れる花は昇華され
枝垂れて悼む
睫毛に雨粒

流星の旋律
水割りなみだ
梢に声を結んでおく
書かないことが最善だった
雪にあなたの声をとじこめたい
後ろ姿のスケッチ着色されないままで

#2 憂いの種が育つまでの塔

前書きは満月に委ねたまま
涼しい表情かおして立ち尽くす
過去を装いきれるだろうか
冷酷も冷静も熱でとかされ
今だからこそ聴いてほしい
どのみち全てはこの前奏曲プレリュード

怪人の声を聞くための対価
免罪符の先に陽射しの断面
舞台裏で待ち続ける緑のつぶ
桃源郷へ連れ去る私の怪盗
懐中時計が導く仮面舞踏会

万年雪をあかく染める欺瞞
幻聴があの人の正体を告げ
狂詩曲もクリスタルも空虚
うつくしさの中でさまよう

変奏曲に託す失われた詩篇
原石のように輝く空の上弦
ジャスミンの日の午前四時
残夜が生みだした一角獣座
いつも本当の君は見えない

鍵の在り処は二人の住処
輪の綻びはちいさなしわ
いつもどこでもさみしい
そのままでいるための嘘
憂いの種が育つまでの塔

勿忘草とねがいの丘に咲いた永久
たしかにあの日夢で約束しました
春雨は紅も季節も淡い思いも流し
胡蝶の夢をいつまでも見続けた子
梅の香りで真実を知るのでしょう
今ではあの悲しみさえもいとしい
奪われた日々にもう一度強く誓う
もしもいつか苔になる日がきても
残り香だけでは思い出せないもの
でもいいよ、思い出さないままで
少しもあの頃と変わらない私です

分かってくれると嬉しいわ
ずっと「まて」飽きもせず
必ずなんて言っていいのか
罵倒のコトバにしなければ
勝手に染め上げてしまう赤
立派な言い訳をたてまつり
野良猫の目つきだったもの

ゆらめく眼の繭
膿んだ水を憂う
歴史の砂であれ
今生きていたい
違えてしまった
奥には透明の顔
すでに土は増す

#1 夢路の文字

あとがきのあとの話

雪の筆跡
ミモザの手記
夜半に余話
ミスキャストでもいいよ
いちばんさみしい星のした

君待坂の咲く丘で
夜空に書かれた星文ほしぶみ
低い空に生きたひと
星みたいには寄り添えない

あの頃、無口な秘密基地で
星が流れる角度のように
真名が共鳴する

さよならのルール
すきはかなしい、かなしいはすき
東雲人魚
まばたきの返事
渡せずじまいのペンダント

声は雫
瞳はひだまり
繋いだ手は雪
約束はみちしるべだった

目隠し花びら
やさしい記憶の肖像画
ぼやけた視界のシルエット
桜吹雪に隠れてしまう

人混みの中であの日の二人とすれちがった
ひとりの足跡
夢の淵

月草の薬
今更話したい今迄のこと
駅のホームですれちがう

コインランドリーで読書するだけ
雨脚が弱まる前に
曇った鏡に星が流れる
晨風は星を洗う

コバルトブルーは夏の夜
夜景の季語
花火に染まる藍浴衣
雨が知らせる朝

かなしみの種類
沈黙で問いただす
骨が軋むまで憎めば
さみしい心のだまし方
明るさを求めなくてもいい
誠実さは敵を味方にする

平行世界のエポニーヌ
夢路の文字
耐える/叶わない/絶える
幻夜に消えた薔薇の残り香


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